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空手から和良久へ 〜前田比良聖のあゆみ〜

代表・前田比良聖が正道会館で空手を極めた後、武者修業を経て、和良久を創始するに至った想いをつづったストーリーです。

1.アメリカでの武者修行

まず私がこの武道の世界にご縁をいただいた経緯についてお話させていただきたいと思います。それは一本の木剱がきっかけでした…

新日本空手道連盟正道会館が発足(一九八〇年)して間もなくの頃、私(前田)は武者修行のためアメリカに渡りました。

新しい組織の筆頭師範として心身ともにより強くならなければ…という思いと、また自分の潜在する能力は国内にいては甘えが手伝って引き出せない…「この際自分の本当の力を知りたい」そんな思いが渡米に駆り立てられた理由でした。


1975年 愛媛県八幡浜で石井和義氏(左)と

正道会館時代 前田の試合風景

現地ではいろんな道場にお邪魔して稽古をさせていただきました。

見たこともない大きなアメリカ人に混じって汗を流し、また積極的に種々の空手の大会に参加しました。渡米初日の2メートルを越える巨人との対戦は、私の潜在する能力を開花させるには充分な出来事でした。

必死に戦う中、日本という国を背負った意識も手伝ってか、もう一人の自分が目覚め、自分でも驚くべき力を発見しました。その出来事は後の道に続く空手という既製武道を越えた新しい何かを予感させるものでした。

他流試合を重ねる中で、当地の極真会館の支部長が私の門下になりたいと申し出、ついでその道場の生徒達も従って来て、渡米間もなく、いきなり「正道会館」の看板に変わったこともありました。


左端が前田〜現地の弟子達と

そんな中、ある縁があってお世話になったある空手道場がありました。
「SYOTOKAN KARATE  OF  AMERIKA」という米国空手界でも老舗になる組織です。先生は大島劼(おおしまつとむ)という方で、大変物静かでりっぱな方でした。お会いしてすぐ大変ご親切に応対してくださり、道場での稽古参加を快くお許しくださいました。

 

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