特定非営利活動法人 武道和良久

特定非営利活動法人 武道和良久

誌上講座

誌上講座639「イタリア出向記(4)」

7月18日(火)晴れ

5時起床。

窓を開け放つと今朝も良い天気だ。
何の鳥だか、いい声で鳴いている。

「おはよう!」と鳥に向かって一声。

空が青青として、雲もない快晴だ。
今日も暑くなるだろう。

夜具を整え、洗面、着替え。
口、手を清めて日本に向かい朝拝。
今日も良い日になるだろう。

朝食は岸先生ご夫妻と時間を待ち合わせてとる。

少し早めにレストランのバルコニーに行き、
八力でもやろうかと思ったら、
すでに岸先生が八剱をやっておられた。

私はそっと邪魔の無い様に通り過ぎようとすると
気がつかれて「あっ、先生おはようございます」
とご挨拶いただく。

前田「すいません、邪魔をしまして」

岸「いえ・・・しかし、本当に和良久は気持ちがいいですね。
これはヨーロッパに広がりますよ」

1年の半分をヨーロッパで過ごされる
岸先生の言葉だけに説得力があって嬉しい。

しばらく、バルコニーのイスに腰掛けて、
眼前の山々を見下ろしながら四方山話にふけった。

岸先生の温かみあふれた人柄と
ユーモアに富むお話に笑っていると
奥様が「お待たせしました」とお見えになった。

そして中に入り、
いつもと同じ代わり映えのない食事で、
愛想が無いような感じだが、
しかし、夜が重たいので、朝はこれで丁度なのだ。

やがてアッテリアさんも見えた。

アルドさんも「ボンジョルノ!」とやってきた。
「今日は、何時に稽古を始めますか?」

早速ミーティングが始まる。

場所は沢山提供してくれている。
今日の午前の稽古は、昨日とは違う場所でやろうと指示。

この街の教会の敷地で、
朝の稽古をさせていただくことにした。
時間は9時集合。

時間と場所が決まったら、
私も部屋へ帰って支度をする。

さて、昨日の夕食後のこと、
稽古人の一人が木剱を持って、
何か申し訳なさそうな顔をしてやってきた。

「先生、お願いがあります」

前田「何でしょう?」

「この剱に私の名前を
日本語で書いていただけないでしょうか?」

私は快諾し、木剱に筆ペンで名前を聞いて書いた。
ついでに和良久・前田比良聖とサインした。

とても喜んでくれて合掌して礼を言う。

こちらで使っている木剱は長さ1メートル、
厚みが3~4センチほどの丸い棒である。

以前日本の和良久でも最初の頃に使っていたものと
同じものを、あらかじめ現地で用意してもらっていたのだ。

・・・さあ、それからである。

そのサイン入りの木剱を見た人たちが次から次へと
「私にも書いてください」と木剱をもってやってくる。

結局、全員の分、およびお土産?など含めて
50本ほど書いた。

また、絵で技の雰囲気を伝えようと思い、
ある人に絵を差し上げたら、
「私も欲しい」「私も・・・」と、
これも結局全員にお渡しすることに。

あげくにホテルの支配人やシェフ、
ウェイターさんたちも「私らには無いの?」と、
面白おかしく泣くジェスチャーをしながら頼みにくる始末。

そんなことで、部屋に帰ったら絵を描くことやら、
木剱に名を書くことなどで思わぬ仕事が出来、
嬉しい悲鳴を上げた。

また、アッテリアさんを連れてアルドさん、
フラビオさんら世話人たちが部屋にやって来た。

「セミナーの参加者全員に、
参加証明書を発行したいのですが、
お許しいただけますでしょうか?」

「ええ、いいですよ」と返事すると、
しばらくして、大変素敵な
「和良久セミナー参加証明書が出来上がりました」
と、うやうやしくもってきた。

それに、私のサインを書いて欲しいと言う。
「よっしゃっ」と、早速筆ペンを走らせた。

ハンコがないので、絵の具の赤色を右親指に塗って
朱肉代わりとし、サインの横に母音を押した。

ということで、3日間のセミナーの間に、
証明書発行40枚、木剱へのサイン50本、
書いた絵は約100枚であった。

下手なサインや絵で皆が喜んでくれるのなら、
こんな嬉しいことはない。

さて、稽古着に着替えて9時に出発。

この街は、古いイタリアの伝統を残した建物が立ち並び
中々良い雰囲気をもっている。

石畳を歩き、高い石を積み上げた家家の間を抜け、
トンネルのようになった、建物の間を通っていく。

途中、朝市のように店が通りに並び、
元気よく商いをおこなっている。

そんな楽しい道のりを歩いて約10分のところに
教会の庭がある。

教会の庭と言っても広い。
「どこで稽古しますか?」とアルドさんが聞くので
「どこでもいいのですか?」と聞き返す。

「ええ、どこでも許可はとっています」
と言うので、神様に祈りながら歩き、
ここぞと言う場所に決めた。

底には塀で仕切られた一角があった。

塀の門を入ると、右側に聖母マリアの像があり、
壁にもマリアの絵や焼き物が所狭しと飾ってあった。

前を見ると、小さな門があった。
門には様々な聖なる文様が描かれてあった。

次に、面白いものが飾ってある。
カタツムリの銅像である。
綺麗に螺旋の文様が入ってあった。

左を見ると、山から湧き水が出ていて、
手を洗うようなっている。

そして石で敷かれた参道を歩くと、
山の岩肌に立てかけられた家のようなものがあった。

きっと、これは神霊の静まる祠のようなもの
であろうと思い、アッテリアさんに、
立て札に何か書いてあるので訳してもらうと、
やはりこの山の守り神を祭っているとのこと。

このように一連の物の並ぶ順序などを見ると、
まるで日本の神社のような感じがしてならない。

先日のラベルナでもそうであったが、
聖域内はまるで日本の神社に良く似ていた。

ここで言えば、小さな門が鳥居であり、
カタツムリが狛犬、湧き水が御手洗、
そして参道、最後に祠・・・か。

あまりにその配置が日本的なので面白い。

さて、私は早速、口と手を清めて
祠の前に端座し、天津祝詞を奏上。

ここでの稽古のお許しとお清め、そして国家の平和、
と稽古人たち心身の向上の祈願を行った。

場所は広く、眼下の山々も美しい。
朝のうちは山の陰になって涼しい。

祈願後、皆に整列してもらい、稽古を開始した。
まず、神前礼拝。

そして、特にここでは
何かにと注意をして教授することはせず、
八力、八剱、鎮魂を静かに厳粛に行った。

朝は心穏やかにスタートしたい。

午前11時。
陽も大分私たちに迫ってきて暑くなってきた。

一端、神前礼拝をし稽古を打ち切って、
稽古を屋内に移すことにした。

屋内の稽古場となる会場もここから近い。
歩いて5分だ。本当に稽古をするには恵まれたところだ。

トイレ休憩を挟み、再び11時半稽古再開。

神前礼拝。

そして「よろしくお願いいたします」と
日本語でお互いに挨拶をかわし稽古開始。

この、「よろしくお願いします」と言う表現が
外国語にはないそうだ。
だから日本語でかわすことにした。

日本語でやる。
これはアッテリアさんの提案でもあり、
皆にその意味を充分説明し納得してもらった。

「昨日は八力をしっかり稽古しましたので、
今日は八剱を行います」

稽古はじめの冒頭、まず、剱の扱いについて話した。

その前に、姿勢の正し方や、礼の角度やタイミング、
目の置き方、相手との距離などの実習を行った。

剱を左に置き、正座を整え、左手で剱を前に移動し、
両手を床について深い礼を行う。

両手で剱をとって膝の上に移し、
左手に持ち替えて立ち上がる。

それも一気にではなく、まず起居し
片膝づつ膝を立ててゆっくり立ち上がる起座の仕方。

立ったら両足をそろえて、剱を直立剱にし、
ウで構えるまで。

そして、終わったら、その逆の動作を繰り返して正座し、
礼を行って終える・・・と言う、
彼らになかった「礼」と言う生活様式を
何度も繰り返して習得してもらう。

剱、ひとつ構えるのに、これだけの手間をかけるという
日本の感性を味わってほしかった。

嫌がるのかと思っていたら、至極丁寧に、
そして真剣に動作を行っているのには感心した。

剱の扱いを学んでいただき、
次に剱の特性についての学習。

「剱は、自転と公転を同時に行って動いている」と言って
手の中で転がすのと、剱全体を大きく旋回させることを
皆の前でやって見せた。

このような剱の扱いをするのは、世界でも類がなく、
和良久独特なものである。

これだけでも皆にとって驚きであったと同時に、
興味をそそられたのではないかと思う。

「よく一般の武術に言います。
剱を手の延長のように思え、体の一部のようにして使えと。

しかし、和良久は違います。

剱を使うのではなく、剱に使ってもらえる体になる
謙虚な気持ちが必要です」

そして、稽古においてよく使う言葉。
これはアメリカのセミナーにおいても、
皆が面白がって大流行した言葉である。

「コロコロ、コロコロ回すんです」

剱の稽古に入って以来、「コロコロ」と言う表現を多用した。
案の定、皆も真似しだした。

その音のもつリズムと言うのか、転がる様を伝える音は、
国を越えて通用するものだと思った。

そうして、皆で「コロコロ」と合唱しながら
楽しく八剱の稽古は進んでいった。

八力がしっかり体に食い入ると、八剱はたやすいものである。

八剱の描く線を、ペーパーに書いて示し、
頭に画くイメージをもたせ、順調に型の稽古は進んだ。

丁度、教会の鐘が鳴り響いた頃、
午前の稽古を終了することにした。
13時になっていた。

神前礼拝。「ありがとうございました」とお互いに挨拶。

ホテルへ帰り、昼食。

食後、部屋に帰り、書き物。

15時、ホテル前を出発。
朝と同じ会場で、本日午後の稽古開始。

神前礼拝、「よろしくお願いいたします」

大ペーパーにすでに書いてある様々な理念や図などから
稽古の順序を取り出して再度掲示する。

そこにはこう書いてある。

1、礼

2、八力

3、八剱

4、鎮魂

5、基本組み稽古

6、布留

7、75剱

8、礼

礼に始まり、礼に終わる、これ日本の芸事の慣わしである。

礼も、まず人より先に神様に行うこと。

神様にこれから稽古をすることの許しを得て、
同時に稽古に心身の向上を願い、
この技によって人々が和合し、
世界に平和がもたらされることを願うのだ・・・と説明。

それで「礼」のあと、2~4までを通しでやってみる。

「5~7」については、今回は無理であると説明。
なぜなら・・・と説明。

「日本では2~6までを稽古するのに
1年かけてやっている」と言うと納得。

「しかし、出来れば5のさわりでも
やれればやりたいと思っている。
それは明日の午後に判断したい」
と付け加える。

さて、まず八力の型に入るのだが、
「日本ではここで
天の数歌と言う数の数え方を行いながら型をやる」

「こういう風に・・・」

と、言って実演してみせる。
両手が垂直に上がった時点で静止し、
「ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ・・・」と数える。

そして、また大ペーパーに
その意味と分かりやすく示し解説をする。

「ひとつ・・・これは単に数字のカウントではなく、
宇宙時間を現すのだ。

神の数えられる「一つ」は、
我々にとって100年、1000年
いやもっとボリュームのある時間が凝縮されている。

この宇宙が出来上がるまで、
実に56億7千万かかったと言われる。

神の世界では、1~10、そして百、千、万と言う
まことに大雑把な表現ではあるが、
人間の世界ではその万倍もの時間を表すのである。

これを思い、これから数えるこの歌を
心を込めて唱えてほしい。

1~10まで数え終わる。
それは自分の一生を現すことなのであり、
次のカウントでまた生まれ変わって
再生を果たすのである。

大宇宙の始まりから完成を現すこの天の数歌であるが、
小宇宙であるあるわれわれ人間が唱えることによって
自分の宇宙を完成させていただきたい」

そして、皆で「ひとー、ふたー、みー、よー・・・」
と皆で数える稽古をし、そして、
次に体を動かして型を行いながら数えた。

稽古後「これは心が益々鎮まってくのを感じます」
との感想をいただいた。

午後からの稽古も、鎮魂まで、
よりスムースに行えるよう指導する。

もう、あと一日しかない。
今日で、基本的な型だけでも皆、一人で出来るように
なってもらわねばと思う。

休息を挟み、もう一度八力、八剱、鎮魂を繰り替えした。

午後6時半、今日の稽古を終了。
神前礼拝、「ありがとうございました」

ホテルへ帰る途中、散歩がてら
教会近くの通りを歩いた。

そこには小さなお店が並んでいた。
店の前にテーブルとイスが置いてある。

皆、昼下がりのひと時を、
ジェラートや冷たい物を飲みながら
呑気そうに過ごしている。

「アッテリアさん、ジェラート食べようか」
と店に飛び込んだ。

何種類ものジェラートがあって、迷っていると、
アッテリアさんは
「ここ何が美味しいの?」と店の人に聞いている。

「ヨーグルトジェラートが美味しいそうですよ」と
言うので「じゃ、それそれ」と頼む。

そして、店の前のイスに腰掛けてペロペロとやる。
斜め向かいの教会の鐘が鳴り、
鳥が青い空を気持ちよさそうに羽ばたいている。

ホテルへ帰ってシャワーをとり、
作努衣を羽織って身支度をしていると、
岸先生が
「今日は別のレストランへ行きましょう」と
声をかけてくださった。

「毎日、同じようなものばかりなので、
ちょっと趣向を変えてみようと皆で相談しました」

皆の計らいが嬉しい。

それでは・・・と、着替えをしロビーに出てみると、
皆綺麗にドレスアップしている。

昼間の稽古用の服とは大違いで、どれも艶やかだ。
あのエレナさんも貴婦人のような容貌だ。

これから行くレストランとは、
ここから2~30分行った所に有るらしい。

皆で車に便乗し夕暮れの街を出発。
車、総勢7台ほどの行列が山道に続く。

しばらく走ると、木々の綺麗な駐車場に入った。
そして、いい匂いがしてくる。

店構えは、日本で言う、ログハウス風で、
面にはプールが隣接している。

また、外でバーベキューをやっているグループもある。

我々は屋内に入って、長いテーブルにまとまって座った。
座ってみると、なんて大勢だろうと驚く。

「ここは、美味しい店なんですよ」

フラビオさんが嬉しそうに言う。
「何でも好きなものを食べて下さい」と言うが、
「何が美味しいのか分からないから、あなたにお任せします」
と返事。

「まず飲み物を」
と進めるので、皆と同じワインを頼む。

飲み物が出揃ったところで乾杯。
「前田先生、カンパイ」と日本語でグラスを合わせる。

色んな国の方が混じっての食事も楽しい。
言葉がよく通じないが、同じ稽古をしているせいか、
水火統合する。

意味不明のジョークが飛び交い、
訳がわからないが皆が笑うので、
それが楽しいので私もつられて笑う。

さあ、食事が出てくる。何種類かのパン。
まずここのお奨めのチーズ。

何とかチーズ、何とかチーズと、
様々なチーズを説明してくれるが、忘れた。
でも美味しい。

生ハムも美味しい。
大盛りのサラダ、これだけで私はお腹一杯になった。

次に骨付きのビーフ、これはでっかい。
「少しだけでいい」と私は遠慮し、
隣の人の切り身をいただく。

炭火で焼いた肉で、油も落ちて中々美味しい。
でも、私はもう充分だ。

向こうで、フラビオさんがパクパクとでっかいビーフに
ナイフを入れて美味しそうに食べている。

向かいのエレナさんも、
まあ同じようにその肉をほおばっている。
ご高齢とは思えぬほどの食欲だ。

フランスから三日かけて来たあのパワーは、
この食欲からなのかなあと感心した。

私はジェラートを楽しみながら、
皆の食べっぷりを眺める。

皆、遠方から来て、連日の暑さと、
稽古が続くのに元気だ。
これも和良久効果なのか。

最後に皆で写真を撮り、ホテルへ引き返す。

さあ、明日で終わりか、と思うと寂しさがこみ上げる。

別れが決まっているから、
こんなにも燃える上がるのかも
・・・とも思える。

人は、限りがあるから、時間を惜しみ、
出会いを大切にするのかも知れない。

ホテルの自室で夕拝を行いながら、
神様に今日と言う日が素晴らしかったことを
改めて感謝する。

神は奇跡であるとつくづく思う。