特定非営利活動法人 武道和良久

特定非営利活動法人 武道和良久

誌上講座

誌上講座640「イタリア出向記(5)」

7月19日(水)晴れ

5時起床。

夜中に何度か眼が覚める。

一時間ごとに眼が覚めて、まだ暗い、
まだ暗い・・・と夜明けを待つように眼が覚める。

しかし、われながら
元気でおらせていただけることが不思議だ。

気が張っているのか、毎日充実しているからなのか。

毎日、僅かな睡眠時間にも関わらず、
また、連日暑い中での指導が続く中でも、
こうして頑張れるのは
日本で祈ってくださっている稽古人のみんなの力が
加わっているとしか思えぬ。

薄暗い中で窓を開け放ち、
そろそろ白み始めた空を眺め、
いよいよ今日が最後の稽古日であることを思う。

最後と思うと、妙に緊張感が走る。
皆にどれだけ伝え切れるのか。

次は彼らといつ会えるかわからない。
とにかく精一杯出来るだけのことをやろう。

神様に力をいただき、
心の赴くままに、全力を尽くそうと決意す。

洗面のあと、威儀を正し、朝拝。

日本の神々、この国の守護神たち、
私にもうひとふんばり力をたまえ。

さて、昨日のこと、このホテルのご主人や、
ホテルの従業員さんたちが、私たちも和良久を見たいから、
ここで稽古してみないか、と申し出があった。

ホテルの支配人も
空手など武道をしていた経験があり、
とても興味があるとのこと。

また、みんなの生き生きした
楽しそうで明るい雰囲気がとても印象深く、
なぜそのようになれるのか知りたい、と言う。

普通、武道と言うと、暗くて、殺伐として、偉そうで、
汗臭い雰囲気が漂うのに、皆さんは違う、と言う。

一体、どんな稽古をしているのか
是非ここでやってみてくれと言うのだ。

それならと、朝食前の7時に
ホテルのバルコニーに集合し、
朝の稽古をやろうということになった。

7時少し前に行くと、すでに何人か集まっている。

透き通るような青い空と白い雲、
緑の山々が眼下に広がる夢のようなロケーション。

ホテルのご主人、マリオおじさんや、他の皆さんも
朝の忙しい手を休めて見学に来ていた。

全員集合し、太陽に向かって神前礼拝。四拍手。
お互いに「よろしくお願いいたします」と礼。

そして、まず八力の型。

「天(アメ)」「地(ツチ)」と号令をかけ
、ゆっくり動き始める。

「ヒトー、フター、ミー、ヨー、
イツー、ムユー、ナナー、ヤー、
ココノー、タリー、ヤー」

「スーーー」

天の数歌や言霊を全員で唱えつつ型を進める。

徐々に動きは滑らかに、早くなっていき、
最後は、「スーウーアーオーエーイー」と発声しながら
流れるように動き八力を終える。

気がつけば、ホテルに宿泊している客たちも
窓を開けて私たちの稽古に見入っている。

そこに不思議な静寂の時間が流れ、
場の空気が一変した。

ホテルの関係者、宿泊客、そのだれもが
声一つ出さず厳粛な面持ちでいる。

空は雲も消え、一層青空が広がった。

何の鳥か、私たちを眺めるように
ゆっくり飛んでいる。

そういえば書き忘れたが、初日の野外稽古の時、
最初の八力をしている私たちの頭上を
悠々と飛ぶ鳥があった。

アルドさんや皆が、その鳥の出現を不思議そうに眺め
「あれは鷹だろうか、何て珍しい・・・」と言っていた。

私は神のお使い、霊鳥であると思った。

また、突然心地よい風が吹いてきたり、
優しい光がさしてきたりして、
皆その場の変化に顔をほころばして喜んでいた。

さて、八力に続いて八剱の型。

天高く突き上げ剱に朝日が映える。

一斉に動く剱はまるで
生き物のように旋回し、波打つ。

これも徐々に速度を速め、
やがて風車のように回りだす。

最後、鎮魂。

立ったままの姿勢で手を組み、
体勢を整え「スウアオエイ」を唱える。

鎮魂後、しばらく静寂の時を楽しみ、
そして稽古を終えた。

神前礼拝をなし、終了後、
次に行う稽古について説明を行った。

「今日は組む稽古を行いたいと思います。

自分の動きがしっかりしてきたら、
次は二人向かい合って、同じ技で組む稽古をし、
お互いの技を一層正しいものに修正していきます。

また、相手と組むことによって、
タイミング、距離、リズムなどを学びます。

和良久では、相手にとって不利な動きを行うのではなく、
益ある行為を行えるよう稽古をします。

万物は、すべて結ばれるように仕組まれています。

宇宙は火と水という絶対バランスで構成されています。
この二つのエネルギーが一つになって
初めて物は形創られます。

相手と自分が火となり水となって、
一致和合し、助け合っていくのです」

説明しながら、剱をとって技を示して見せる。

「カーン、カーン」と木剱の組み合う音が
山々に木霊する。

見たこともないという、
螺旋の技に皆の顔が変わる。

今、8時半。

朝食をとって、10時に集合し、
稽古会場に出発することとなった。

会場につくと早速稽古開始。

礼拝を済ませ、もう一度、基本のおさらいを行う。

何せ、泣いても笑っても今日で終わりである。

はるばる日本からここまで来た・・・
いえ、遠い国の私を呼び、和良久を学びたいと
申し出た彼らの熱意に何としても答えたい。

それだけを願って気持ちを集中した。

とにかく一人で稽古が出来るように。

そして和良久が全ヨーロッパに広がり、
国境を越えて、言葉を越えて、文化を越えて、
水火統合できるように。

私は神様に祈って祈って語り、動いた。

このあたりから何を指導したのか記憶が薄れてくる。
何を言ったのか、どう動いたのかよく覚えていない。

何かに憑かれたように
本当に、本当に一生懸命になった。

そして、昼になり、はっとするとわれに返った。

気がつけば、むきになって
噛み付かむとする勢いであったように思い、
皆に謝った。

「申し訳ない・・・思わず声を荒らげむきになって。
今日で終わりと思うと思わず怒鳴ってしまって。
皆、許してください・・・」

そう言うと、一斉に皆は言う。

「先生、そんなことない。
私たちは嬉しいんです。光栄に思ってます。

真剣になって私たちを育てようとしてくれる気持ちが
とっても嬉しいんです」

そう言って、また拍手が湧き起こった。
まったく涙が出そうだった。

さて、昼を挟み、15時、午後の稽古開始。
とうとう本当に最後になってしまった。

私は少し早めに行き、会場の正面に座し、
天津祝詞を奏上し、私の信じる神々の名、
また私を守護する神、そしてこの国の神の名の
すべてをあげて祈った。

やがて、皆も集まって来たようだ。

皆の気配を感じ後ろを向くと、皆、
きちんと正座をして静かに稽古を待っている。

それはまるで日本の稽古場と同じ雰囲気を感じた。

皆と改めて礼拝を済ませ、お互いに礼をし、
最後の稽古に入った。

午前の時と違い、私も吾を忘れず落ち着いていた。

「いままでの稽古は、自分の水火を整える、
自分のための稽古でした。

これから行うことは、いよいよ相手の剱と組んで、
相手との水火を合わす稽古にはいります」

そう言って、組む稽古の段取りを解説した。

「スーで鎮魂に入る。次にウーで、
力を充実させ間をしめます。
そして、アオエイの八剱のいずれかを打つのです」

「相手にとって組みにくい打ちではなく、
組みやすい打ち方を心得て下さい」

私は、若いニコラを呼んで前に立たせ、
お手本を数本見せた。

打ち方は「ア」と「イ」で
「解と弛」を打つ稽古を行った。

早速、お互いに向かい合わせ、礼を行い、
組む稽古に入った。

しかし、一人で行なうは安いなれど、
相手がいるとなると、タイミングや力の配分、
距離がつかめず、あたふたするものが続出。

妙に力んだり、右左の区別がつかず
パニックをおこしたり、皆、散々な様子である。

私も徐々に熱くなる。
また、何かが懸ったように行動を始める。
もうブレーキが効かない感じだ。

「コラッ!そこで動くな!」「止まれ!」

「上げろ!」「下げろ!」

「手の旋回をサボるな!」

「お前ら自分勝手に動くんやない。
声を良く聞いて、それで動け!」

「声が出てない!」「腹から声を出せ!」

とうとう始まった。
自分でも『ああ始まったな・・・』と自覚している。
でももう止まらない。

皆も、顔色を変えて動き出した。
機敏だ。
動きが重厚になってきた。

「スー」「ウー」「アー」
「スー」「ウー」「イー」

だんだん調子が出てきた。

「よし!今度は速さと強さを出す言霊を用いて動くぞ」

このように・・・と言って手本を示す。

「スー」「ウッ!」「アッ!」
「スー」「ウッ!」「イッ!」

皆の「カーン」「カーン」と
木剱を組む音が街にこだまする。

細かい手直しもし、声の出し方、
言霊の意義などを説明しつつ一心に技を伝えた。

時を忘れて稽古に没頭しているうちに、
教会の鐘が鳴って18時を知らせた。

アッテリア「先生、時間です」

今日は、皆に
セミナー参加終了証明書を渡すことになっていた。

それで、30分早めに終わってくれと
言われていたのを思い出した。

最後の八剱の型を終え、整列して神前礼拝。

向かい合って「ありがとうございました」と
大声で言い礼をする。

引き続き、アルドさんが証明書を持ってきた。

証書の内容は、こうだそうである。

『あなたは2006年7月17日から19日の三日間、
前田先生が指導する和良久のセミナーに参加され、
全教程を無事終了されたことをここに証明します』

と言う感じだそうである。

私は皆の名前を一人一人呼び、
証書を手渡すと同時に固く握手を交わした。

読みにくい名前を、アッテリアさんに助けられて
四苦八苦しながら読み上げた。

全員行渡り、私は最後の稽古を閉める挨拶をした。

「まず、私と皆さんとのご縁をつないでくださった
岸先生に感謝を申し上げます。
ありがとうございました。

また、私をこの国に呼んでくれた
アルドさんとフラビオさん。
あなたたちの期待に答えられたかどうか・・・。
ありがとうございました。

あれも伝えなければ、これも伝えなければ・・・
と思いながらも、私の指導力の不足から、
うまく皆さんに教えることが出来ず、
あっと言う間に時間が過ぎていきました。

今日と言う日は、
和良久が初めてヨーロッパに上陸した
私どもにとって非常に記念すべき日です。

それが、こうして私から皆さんに伝わり、
また皆さんから多くの人たちに伝わっていくことになり、
やがてこの国や多くの国、
そして世界中に広がっていくことでしょう。

和良久は、戦わない武道として
この世に初めて姿を現し、
他にまったく類のない驚くべき技をもった武道です。

和良久を学ぶ皆さんの前にまだ道はありません。
皆さんが道を造って行くのです。

そして皆さんのつくった道を
多くの人たちが歩いていくのです。

人を傷つけず、人に傷つけられず、
人も良く、われも良し、と言う理念は、
これからの世界に最も必要なものではないかと存じます。

まだ、こうしているときも、
世界のどこかで戦争をやっており、
世界のどこかで犯罪が起こり、世界のどこかで
災害はおきて多くの人たちの命が奪われています。

私たちは、この和合の技を通して、
人と人との水火を合わせ、天と地との水火を合わせ、
神の計画をこの地上で成し遂げねばなりません。

私は厚かましく申し上げますと、
真剣に全人類を救いたいと考えている者の一人であります。

こう言うと、おまえに何が出来るんだ、
たかが武道で・・・と叱られそうですが、

どうせ、この世に生を受けたのですから、
志は小さいより大きいほうがいいと思っています。

私は、和良久は、
全人類を救う究極の技であると思っています。
そう思ったからこれを世に出したのです。

もし少しでも可能性があるのなら、
命をかけてこれを世界の人々に
伝えていきたいと念願しております。

ここにいる皆さん、皆さんは
きっとこの世のために何か役に立ちたいと
思っておられる方ばかりではないかと存じます。

そう思うからこうして
自分を磨いているのだと思います。

一人一人の力は小さくとも、
こうして集まれば成らないことなないと思います。

『ス』の法則が示すように、
一点の雫はやがて全体に広がります。
一人の行動は、やがて世界中に広がるでしょう。

ともに力を合わせてやっていきましょう。

世界中の破壊的武力を撤廃させ、
愛と平和に満ちた世界実現というものを
決して夢物語で終わらせてはなりません。

水火の力を信じ、水火と共にあることを。

では、またすぐ会えることを信じています。

皆のおかげで本当に充実した楽しい日々でした。

最後に、私の口の代わりをしてくださった
アッテリアさん。本当にありがとうございました」

そう言い終わって礼をしたあと、
私は言葉につまった。
こみ上げてきてうつむいてしまった。

そして、下を向いたまま、
そそくさと木剱を袋にしまい始めた。

静寂のあと、大きな拍手がおこった。
皆、私に駆け寄り握手を求めてくれ、
抱きしめてきてくれた。

また再会を誓い合った。

午後6時半。
見送られながら外へ出ると
まだ真昼間のように陽は高く、暑かった。

「アッテリアさん、ジェラート食べに行こうか」

岸先生もお誘いし、昨日と同じ店に行った。

店に行くと、当然のことながら
同じ店のかわいい娘さんがいて、
愛想良く応対してくれる。

間もなく、スイスから来た御夫妻も
たまたまやってきた。

皆で店先に座ってジェラートをペロペロ。

やはり、昨日と同じように
斜め向かいの教会の鐘が鳴った。

私も明日の早朝に出発の予定である。

ホテルに帰り早速帰り支度にかかる。
同じ部屋に5日間もいると馴染むものだ。

後片付けをし、掃除する。

またノックの音。

「今日も昨日と同じレストランで
食事に行こうと皆が言ってます」
とアッテリアさんが伝えに来た。

皆、着飾って集まっていた。
女性たちもおしゃれをして綺麗だ。

それぞれ車に便乗して出発。

私は先ほど一緒にジェラートを食べた
スイスの方の車に乗った。

20分ほどで到着し、とうとう最後の晩餐となる。
盛大に乾杯が始まった。
また、いつの日か皆と再会を約して。