特定非営利活動法人 武道和良久

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誌上講座

誌上講座657「本当の稽古の意味」

いままで、私は
「稽古と言うものは、いにしえを思い、
先人たちのことを考える中で技を学ぶこと」
とぐらいに思ってきた。

しかし、稽古を続けていくうちに、また、
稽古に対する考え方が変わってきた。

この和良久の稽古を続けると、
まるで前の世に遡っていくような妙味を味わう。

それは、ただ単にいにしえを思うだけではなく、
過去の自分の知り、その自分の行ってきた
良いことや悪いことを発見するのだ。

過去と言っても、稽古を行う度ごとに、
その時代は深くタイムスリップし、
前の世に至る様な感触を得る。

例えば、自分はなぜ今、
このような自分になったのか。

この世に何の目的をもって生を受けたか。

今こういった考え方をする理由であるとか、
その仕草や動作の端々に見える独特な癖の意味など。

また、自分の体にある痣(あざ)や、
悩まされている内臓疾患の理由、
また対人関係などのすべてが、
その過去(前の世)の生き方に
その原因があるということも、
それとなく垣間見るのだ。

まるで退行催眠のようなこの感覚は、
継続してあるものではなく、
稽古の狭間にフラッシュが点滅するかのように
思い出すのだ。

しかし、これは他の人に施されるのではなく、
自身の力で行うものなので、
先入観もなく、自分のペースで行える
安全なものである。

要は、自力で行う心の旅のようなものなのだ。

自分に対する、と言うより、
人間そのものに対して、深い興味を抱くとともに、
人類がこの世にある意味を探る。

自分と言う人間は、
たかだか数十年の寿命をもって生きているのではなく、
この世が出来てから、つまり
人類が発生してから生きどおしに生きている。

その間、肉体は形を変え、
螺旋の渦のように何度も何度も入れ替わりを
してはいるものの(◎)、
魂そのものは変わることなく(・)
学びを続けている。
(ウのフトマニ図)

その魂は、きっとこの宇宙が
どのようにして生まれ、人がどのようにして戦い、
滅亡を繰り返してきたかを知っている。

また自分がどのようにして人を愛し、
傷つけてきたかを知っている。

そして、きちんと責任を果たすために
何度もこの世に生まれてきて、
遣り残したことをやり遂げようとする。

すべての人は神との誓いを果たすために、
何度でもこの世に出てくる。

自分の遣り残したこと・・・それを知ったとき、
自分が今やるべきことを発見し、生きがいを見出す。

同時に、いままで悩んでいたことの原因を知り、
悩みが一気に氷解するのだ。

自分の問題を本当に解決出来るのは、
自分しかいないと言う事を知る。

一つの例であるが、私は刃物に対し
異常な恐怖心を持つ。
刃物で人を切った感触をこの手が覚えており、
また切られた痛みをはっきりと記憶している。

私は、この原因を稽古によって知り、概ね解決できた。

概ねと言うのは、まだまだ自分の昔へ遡る
物語が続いているためで、
もっと稽古を重ねることによって
詳しいことを知ることになるからである。

ある時『おまえたちは、光の戦士(現代語訳)と
呼ばれていた』と言うことを深い意識の中で聞いた。

闇を照らすために活動をしていたが、
途中に散り散りばらばらにさせられた。
だから、もう一度目的を果たすために剱を持ち、
活動を再開したのだ・・・と言うことだ。

光と言うのは、言霊の意味であることは前にも述べた。

私たち志ある者がこのように集い、
剱をもって立ち上がっていることの意味も
それとなく頷けた。
これも今後の稽古によって詳細に判ることだろう。

このように稽古を通して、
自分の使命を自覚できたことは幸せである。

稽古は、新しい技を身に着けるもののためではなく、
元の昔に帰って本当の自分を知ることである。

それによって人類が抱えた様々な問題を解決し、
神の計画を成就する。

私たちは、私たちの中に
宇宙全般の情報をすでに刻み込んでおり、
また、それはこの肉体と言うハードと、
大気中の75の神霊元子(コエノコ)の操作によって
再び思い出すことになるのだろう。