特定非営利活動法人 武道和良久

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誌上講座

誌上講座665「天下布武の意味」(2)

そして、そのために私たちは核を保有します。

・・・また物騒な話をすると思われますね。
ご安心ください。

稽古人はもうご承知と存じますが、
私たちの言う「核」は「ウ」の言霊の力の充足のことです。

スの言霊の水火が一つに核融合され、
ウの力を生み出し、ウの言霊は地において核となりました。

そして、ウと言う核の周りには
常にアオエイの電子が規則正しく飛び回っています。

これらは、私たちに常に休むことなく
活動力を与えてくださり、はつらつとして私たちを、
また万物を活かさせて下さっています。

この核は、原子爆弾のような有害なものでありません。

その放射されるエネルギーには愛する、
親しむ、思い直す、勇む、理知などの、
世のすべての良きもののエネルギーとなる
幸せ一杯の完全無害の放射性物質をもっています。

このような核を一人一人が保持し、
また国単位で保有することこそ、
世界平和の礎になるのではないかと思います。

天下に真の神の武(言霊)を宣布し、
平和の力を生み出す核エネルギー「ウ」を人類に備えさせ、
一霊四魂の働きを全くさせることより他に、
いかにしてこの世を元の神代に戻すべきか・・・と思います。

これは、かって私が大本へ来たきっかけになった
大日本武道宣揚会の主旨にも
合っているのではないかとも思います。

同時に、合気道を創始した
植芝盛平先生の意思にも一致するものです。

『真の武は、神より来るものであります。
武は矛を止めしむるの意でありまして、
破壊殺傷の術ではありません。
地上に神の御心の実現する破邪顕正の道こそ真の武道であります』 

<出口王仁三郎聖師 武道宣揚会主旨より抜粋>

『武道とは、腕力や凶器をふるって相手の人間を倒したり、
原子兵器などで世界を破壊に導くことではない。

真の武道とは、宇宙の気をととのえ、
世界の平和を守り、森羅万象を正しく産み、守り、育てる
神の愛の力を、わが心身の内で鍛練することである。

大天主皇大御神(もとつみおやすめおおかみ)の「愛」の心から、
光と熱がほとばしり出て、
偉大なる力を生ずるとの大神の御はたらきが
即ち武産(たけむす)である。

これを速武産大神(はやたけむすのおおかみ)とも呼ぶのである。

この速武産大神こそ、
大天主皇大御神の「愛」の御はたらきの現れとして、
大宇宙の森羅万象を産み出す現象そのものであり、
同時にまた、大宇宙をも破壊しえる力を持つ
原子の活動そのものである。

また、この武産の武道こそ、
天地人を和合せしめる神の大道なのである』

<合気道開祖 植芝盛平の言葉より>

この植芝盛平先生の言葉の中で
『大宇宙をも破壊しえる力を持つ原子の活動そのものである』
と表現している部分が特に興味深く思います。

これは、宇宙の核の力である
「ウ」という言霊のことを言っています。

この言葉から思いますに、
植芝先生の武道も、聖師様の言霊学の教えが生きていて、
師はそれを体現させた者の一人です。

ただ、稽古法が柔術の技を基本となさっておられ、
結果武術としての域を超えられず
相手を倒す技をもって気の妙用を示されました。
時代がら仕方のないことであったと拝察します。

人々を投げ飛ばし、あっと言わせる必要があった時代です。
圧倒的な日本武道の力を見せ付ける時期だったのです。

そういった先人たちの命がけのご苦労があってこそ、
今の和良久が生まれたのだと心から感謝しています。

しかし、偶然とはいえ面白いものです。

方法は違えど、突き当たる思いが一致するということは、
一体どういうことでしょう?
つくづく真理は一つであることを実感いたします。

さて、天下布武を宣言し、本格的な稽古を迎えるとき、
また、それを真剣に受ける者が出てきた時、
私はそれこそ仮面をはずして、
醜い鬼とならせていただき対応せねばと覚悟いたします。

天国を知るために一度地獄を見てもらうことになるからです。

同じ志をもつなら耐えれるはずです。
しかし、恐らくほとんどが無理かと案じます。
私も正直、嫌です。本性を現すのはつらいものです。

本当につらいというのは、
決して剱をもった稽古のつらさではないのです。

本当のつらさと言うのは、心の中をえぐられることです。
また、えぐるほうもつらいのです。

自分の見たくないものを見せられる、
言われたくないことを言われる、
隠していたものをさらされる、されたくないことをされる・・・

このように、恥部をさらされ、罵詈雑言を飛ばされ、
著しくプライドを傷つけられるなどの
地獄を体験するという心の鍛錬こそ、
なにより人にとって耐え難い痛みに思うことです。

肉体の苦痛など、心の苦痛に比べてみれば、
無いに等しいのです。

私は、皆さんが思うような出来た人間ではないし、
根っから優しい心の持ち主でもありません。

ただ私は神様との約束のためには狂人にもなります。
なにせ私は幼児の時、すでに交通事故一度死んだ身ですから。

しかし、このようにもう一度命をいただいた上は、
幼心にも神様との約束を守るべく生きていきたい
という覚悟が出来ました。

話は飛びますが、私の最初の名は、
比良麿(ひらまろ)と言います。

これは、いまも保存している
臍の緒を入れた桐箱の蓋に張ってある表紙にも
はっきり明記されています。

その後、私は比良聖(ひらまさ)になりました。

いつの間にか比良麿から比良聖に名が変わった・・・
麿と聖の一字の違いですが、子供心にも不思議でした。

この交通事故で生死の境をさまよったことに
関係するのかも知れません。

名をつけたのは父、左馬之助(さまのすけ)でした。

「左馬」は福を招く縁起の良い名であるとは、
私も最近知ったのですが、
この名をつけたのは祖父の麗蔵(れいぞう)でした。

麗蔵とは、これまた綺麗な名だなあと、
これも最近思います。

祖父は、早く他界したため、
私は一度も会ったことはありません。

祖父は、播州から突然「額田」の村に流れてきた流れ者で、
飄々としたのんき者と聞きます。
しかし、正義感が強く
弱い者いじめは決して許さないと言う人だったとか。

いま稽古で、播州にも行かせていただきご縁を感じます。
播州へ行く度にまだ会ったことの無い祖父の温もりを感じます。

父も祖父に瓜二つの性格で、
貧乏ながら、なぜかその威厳と風格の漂う様子は、
ただの水飲み百姓にはふさわしくない
と言うことだった聞きます。

軍曹として満州の戦地へ赴いた父は、
戦渦にも関わらず敵に対し
人道的に対応したと母から聞いたことがあります。

馬に乗り、大勢の歩兵を率いて
大平原を行軍する父の幾つかの写真を見たことがあります。

思えば、一昨年私もモンゴルへ行ってきましたが、
あの草原を父も歩んだのかと今更ながら感慨深く思います。

モンゴルでは、夜、そして早朝、
一人で草原の中にある山の山頂に立って奉納稽古をしました。
その際、何度も持参した剱を地面に突き立てて雄たけびしました。

誰も居ない夜の山頂で、父および戦争で
この地で無くなった太古の兵士や悲しみに
打ちひしがれた家族たちへの鎮魂となれ・・・
そしてこの地に続く世界各地に平和が来たれと叫びました。

大勢の犠牲の上に自分が成り立っているのかと思うと、
申し訳なさで涙があふれてなりませんでした。

気がつくと空には満点の星星。
人工衛星さえ確認できるほど綺麗な空でした。
下を見ると、キャンプ場あたりに火が見えます。
その周りで踊っている様子が山頂からでもうかがえました。

本当に幻想的な光景でした。

当然、山は狼などがいて危険です。
首都ウランバートルの近郊でも
狼による被害が出ているといいますから。
遊牧民の所有する家畜を狙って狼は眼を光らせています。

私の登った夜の山も、稽古している側の闇の中で、
ごそごそうごめく大きな獣がありました。
狼だなと思いました。

私は剱の威徳と言霊の力を信じ、
またここで稽古できる喜びもあったので
動ぜず稽古を行えました。

こんなお話をするのも、
実は昨日映画「蒼き狼」を観にいってきたからです。
チンギスハーンの生涯を描いた壮大な物語で、
昔あった角川映画「天と地と」のイメージが
浮かび上がってきました。

昨年、角川春樹先生に乞われて、
この映画の無事完成と成功を祈願し、
軽井沢の神社で映画関係者を集めて
和良久の奉納をさせていただきした。

またその後も試写会や
先生ご自身の出版物もご丁寧にお送りいただいた関係で、
やはり一度は拝見させていただかねばと思ってました。

映画を拝見して、
一昨年のモンゴルでの思い出が蘇ってきました。

そして、天下布武の意味を考えさせられました。

血を一滴も流さずこの世を安寧な世に戻すことが果たして・・・
いや、われわれには無理でも神はなされる。