特定非営利活動法人 武道和良久

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誌上講座

誌上講座670「宵の空に輝く星」

高天原(天界)の主宰神アマテラスオホミカミは、
天孫族によって豊葦原中津国(地上世界)を平定せむとした。

これは決して侵略などと言う私利私欲などから出たものではなく、
まことの神々によるより高い理想社会実現のためではあった。

アマテラスオホカミの勅命を帯びたタカミムスビノカミは、
多くの神々の中から優秀なる交渉役を選びに選び、地に下した。

まずアメノホヒノミコトをはじめ、
タケミクマノウシ、アメノワカヒコなどの
優秀なる交渉人を送った。

いきなり力ずくで抑えようとするのではなく、
順を追って話し合いで解決しようと
思し召したためである。

しかし、あろうことか、
彼ら全員オオクニヌシノミコトを信奉してしまい、
天界に帰ることなく地の世界に住み着いた。
裏切りが相次いでおきたのだ。

親神スサノオ同様、息子であるオオクニヌシも
虐げられる生涯を送る苦労人であった。
しかし、それだけに人の心も察し面倒見も良かった。

その情けにほだされたアメノホヒらの心情も
止むを得ないことと言うべきか。

この裏切りと、いつまでも埒が明かないことに
業を煮やしたタカミムスビノカミは、
フツヌシノカミ、タケミカズチノカミら
武勇絶倫の神、二神を遣わした。

いよいよ力ずくの掃討作戦に出た。

二神は、その絶対的武力をもって、
その勢い凄まじく、
地の世界に住む民のことごとくを服従させた。

この二神の大活躍により、
ほとんど地の世界は平定されたかに思えた。

だがあと一歩と言うところ、
フツヌシノカミ、タケミカズチノカミの勢いを食い止め、
あまつさえ実力者二人を追い返す神が現れた。
 
その神の名「星神カカセオ」と言う。

日本で唯一「星」の名をもつ神である。

実はカカセオも天界の神であり、
その名も「アマツミカボシ」と言う麗しい名をもち、
正義感あふれる見目麗しい智仁勇兼備した神である。

この神の優秀さは、
天勝国勝奇魂千憑彦命(アマカツクニカツクシミタマチヨリヒコノミコト)
と名を変えて讃えられることによっても分かる。

これは、天にすぐれ、地にもすぐれた智恵をもち、
万物の事象を感受する優れた能力(鎮魂力)を持つ者、
と言う意味である。                           

そのような尊い神にもかかわらず、
カカセオは自ら地にくだっては、
土着神として、民とともに土にまみれて
苦楽をともにすることを望んだ。

彼もスサノオの生き方に共感した者の一人だったのだ。

天津神人らは、カカセオのその不可解な行動を怪しみ、
「ソホド」(土や泥にまみれた者)だと卑下した。

また、なりふりかまわず、
汚れることや格好なども気にしないでいたので
「クヘビコ」(崩れた者)などと蔑んだ。

しかし、そんな罵詈雑言さえ気にしないカカセオは、
あいかわらず豊葦原中津国の民たちと
土にまみれる毎日を楽しんだ。

そんな純朴なカカセオの姿をオオクニヌシは歓迎した。
また多くの民も心から彼を慕った。

「草木や石」と蔑まれた豊葦原中津国の先住民たちに、
カカセオが生きる智恵と力と勇気を与えたのだ。

そのカカセオが、地の国を守るために、
同族である天津神の前に敢然と立ちはだかった。

無論、奇魂(智恵)の力の秀でたカカセオのこと、
天神アマテラスの民を思う大御心も十分承知してはいた。

だが、カカセオはスサノオの面影を慕った。
それを声を上げて訴えることなく密かに持ち続けた。

「私は土に生き、土に帰る」と言葉を二神に返し、
地の世界を選ぶことを伝えた。

そして、ある目論みをもって
カカセオは涙を呑んで二神に歯向かった。
それはすでに自滅を覚悟してのことであった。

タケミカズチと、フツヌシの両神は、
技のあらむ限りを尽くして攻撃をしかけたが、
天地のすべてを知る知恵者カカセオの
鎮魂力の前にはなす術も無かった。

退却を余儀なくされたタケミカズチと、
フツヌシの両神は、天神に復命し訴えた。

「われわれと同じ天系の神に悪しき神がいます。

名を天津甕星(アマツミカボシ)、
またの名を天香香背男(アマノカカセオ)と言います。

この神を退けなければ、豊葦原の中津国を平定出来ません」

そうして天神にさらに強力なる助っ人の加勢を乞うた。

天神は、二神の進言を入れ、神界最強の神を呼んだ。

かって、アマテラス自身が天の岩戸に隠れたとき、
その岩戸の巨大なる岩を引き開けた影の立役者タヂカラオノカミである。

カカセオ討伐(言向け和す)の命を受けたタヂカラオは、
早速豊葦原の中津国に向かった。

タヂカラオノカミについて
霊界物語(出口王仁三郎著)にはこう書いてある。

『手力男の秘密と申せば七十五声の言霊、
美言美詞の神嘉言の威徳に依つて、
天地清明国土安穏、病無く争ひ無く、
天下太平にこの世を治める、
言霊の秘密より外には何物も御座いませむ』

このように、タヂカラオノカミは、
力のみ強き神と思われがちだが、
この神もまたカカセオ同様、
平和を愛する思いやり深き智仁勇兼備の神であった。

賢明なタヂカラオは、この結末を知っていた。

カカセオの前に現れたタヂカラオを見て
カカセオは言った。

「タヂカラオ殿か。やはり貴殿が来られたか」

なぜかカカセオは、
このときを待っていたかのように嬉しそうだった。

カカセオは、やがて、
天孫は降臨され地は平定されることは百も承知であったが、
その前に地の者たちの真実の声を誰かに伝えたかった。

と言って、アマテラススメオホミカミや、
スサノオノオホカミのお手を煩わせるのは
申し訳ないと憚られた。

ならば、それを知らせるに値する
実質的実力者と言えば
タヂカラオしかないと思った。

彼なら、アマテラス様のスサノオ様の開いた
この地の世界を開くに際し、
地の者らの要望を聞いてくれるものと踏んだ。

自分が悪者になり、
こうした場面をつくって彼をおびき寄せ、
地の世界の内情を知らせる作戦に出たのだ。
それはすべて予定通り成功した。

タヂカラオも、カカセオの意を察し、
心の声を聞くことに専念した。

周囲にサグメと言う
様子を伺う忍者のごとき者らも多く潜む。

声を出しての話し合いは禁物だ。
聞かれて言上されたら、
いままでの演技がすべてが水の泡である。

そこは言霊の達人どうし、
声をころしお互い水火で話し合った。

そして、お互い了解しあった。

やがて、型ばかりの戦いが始まった。
悲しくも切ない戦いであった。

戦いの様子や勝敗もサグメによって天神に知らされる。
インチキは出来なかった。

この戦い、俗的な力比べではなく
高度な「言霊戦」となった。

言霊戦と言うのは、
相手を傷つけ、または殺(あや)めるものではない。

互いの75声の言霊に水火の結びが生じ、
そこに猛烈な渦が発生する。

それは大気を螺旋させて竜巻のようになり、
雲を呼び、風を起こし、雨を降らせ、
水瀬の波は立ち騒ぎ、大地は波打つ。

まさに言霊の波動によって山河草木がどよみて唸った。

双方一歩もらず総力を尽くして戦った(ふりをした)。

そして、二人は時を見計らって勝敗を決した。

カカセオはその命をタヂカラオに捧げた。
カカセオの神霊は
タヂカラオに重なって生きることを選んだ。

カカセオが倒れて間もなく、
風はやみ、地の震えはおさまって、
あたりは静けさを取り戻した。

この様子は、さっそくサグメによって天神に知らされ、
ニニギノミコトは三種の神器を携え、
あまたの神々を率いて無事天孫降臨を挙行された。

さて、倒れたカカセオのその霊魂は、
宵の空に上がった。

そして、憧れのスサノオノミコトを象徴する月と並び、
月に負けない輝きを放つ星となった。

また、体を張って大地を守った香香背男の姿は、
いまでも田(大地)を守る案山子(香香背)として
人々の心に残っている。

いうまでもなく、タヂカラオの心にも。