特定非営利活動法人 武道和良久

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誌上講座 誌上講座

誌上講座256


「京都鞍馬の奥の院〜三本杉で」


京都鞍馬の奥に、昼なを日も差さぬ深山あり。
名を大悲山と言う。

その人知れぬ山奥にある巨大な大杉。

一本の杉の根元から三叉に分かれ、
天に向かって大きくそびえたつ。

通称「三本杉」と呼ばれる。

周囲の太さは、人が30人が手をつないで
囲うほどと言われる。

山の中を歩いて、突然現れる
その巨大な木を見て驚かない者は無く。

ただ、その存在だけで
神の実在を認めざるを得ない。

明治26年2月。

この深山で千日の間
剣術の修行をした者がいる。

あの竹内文書で有名な
竹内巨麿という人物である。

夜な夜な、この深山に現れる
妖怪変化を相手に、
または神々らと遭遇し、
神力を磨いたと言う。

私も、ある時
この地を訪れるご縁をいただき、
私の他、男性二名、女性一名、
この大杉に参拝した。

その際、連れの女性に大杉の神霊が懸かり、
私に対し口をきった。

そしてこう言った。
「3日だけでよい、この杉の元で修行せよ」

私は「分かりました」と返答し、
ここでの修行を約束した。

さて、それから数日後、
この地で行をなすべく再度戻ってきた。

今から4年前のことで、
和良久発足以前のことである。

宿は、先の神霊の指定で「門前茶屋」と言う
大悲山の麓にある小さな宿をとった。

この宿は、やはり夜に魑魅魍魎が現れて
泊まるものを攻め悩ませると言う
いわくありの宿である。

さて、宿では最も薄暗い部屋を宛がわれた。
もちろんこの宿のご主人には悪気はない。

夜になると、さすがに深山。
静かなものである。

部屋の中もなにやら霊気を感じてきたので、
部屋の四隅に結界を張って、祝詞を奏し、
神の強いご守護を頼み床についた。

寝ていると、霊が部屋の表まで
来ているのは分かる。
しかし、結界を破ることが出来ず
私の床まで近づけない。

私も床にいながら
神文を繰り返し奏しているうちに
いつの間にか寝てしまっていた。

夜もすっかり明けやらないうちに起き出し、
稽古着をはおり、宿を出て
薄暗い山道を歩き始めた。

約束の大悲山の三本杉目指してである。

歩くこと40分。暗い山道も朝日が差して
徐々に明るくなってきた。

三本杉に到着し、まず傍らに湧く泉の清水で
口をすすぎ、天津祝詞を奏上。

ここでの修行をなす約束を
果たしにきたとの報告と、
ここでの剱の稽古の許しを得た。

礼拝を終え、大杉の下にある
積んである石垣に眼をやると、
不思議や、足のついた蛇が二匹
仲良く石垣の間から姿を現し、
きちんと座っている。

その様子がまるで人が手をついて
お辞儀をしているようであった。

「白鷹竜王か?」と問うと
「そうだ」と答える。

「それではここで稽古をする」と言うと
「分かった」と頭を下げる。

その足のついた蛇は、私の稽古の間、
身動きもせず、ずっとじっとして
見守っていた。

さて、まだ当時は、いまの和良久のような
基本の型は無く、身体の動くままに、
ただがむしゃらに剱を振っていた。

まず凝解、分合、動静、引弛の八剱を行い、
あとは75剱を、相手を仮想して
組み打ちをした。

仮想して行っていたが、途中で、
人とも何ともいいようのないものが
私の四方に現れて、攻め寄せて来る。

背筋がぞっとする。
これは異界の者。
魑魅魍魎の類か。妖怪か?

とにかくじっとしていたら
噛み付かれそうになるので、
剱を休まず振り続けざるを得なかった。

腹から気合を発して必死で切りまくった。

しばらくすると気配も消え、
静かになった頃陽も高く上り始めた。

どれくらいの時間動いたのだろう、
汗をいっぱいかいた。

さて、朝の稽古はこれくらいにしようと、
三本杉の前に向き直り、
礼拝しようと思ったら、
なんとまだ、あの蛇が二匹
きちんと手をついて座っている。

礼拝を終え、蛇に向かって

「ありがとう、これで朝の稽古を終える。
見守りご苦労である」

と言うと、頭を下げ、
石垣の中に姿を隠していった。

そして、私は剱を携えて山を下った。

(ちなみに、この蛇、私が滞在した三日間、
ずっと朝夕の稽古の時には必ず姿を現し、
稽古終わるまでの間、
姿勢を崩さずじっと見ていた)

山を降りて宿に着くと、
まず汗を拭うため私は川に入った。

川に入って涼んでいると、
どこやらから大山椒魚がすいすいと泳いで、
私の足元にやってきた。

へえ〜珍しいな、と思い
「おはよう」と声をかけ、

「私は前田と言う者、今日から三日の間
この山で剱の修行をする。よろしく」と
挨拶をすると、川の中から
顔を水面の上にあげて
こっくりと頭を下げた。

妙なものだな、この山椒魚、
挨拶を返してきたではないか・・・。

「おまえ、私の言葉が分かるのか?」と聞くと、
またこくりと頭を下げる。

あまりにかわいいので、
その頭を撫でていると、
なんと、川の向こうから次から次へと
大きい山椒魚が泳いでくる。

何十匹なのだろうか。
私の足元に山椒魚が
群れをなして集まってきた。
川の中が山椒魚でいっぱいになった。

そして足元に
まるで猫がじゃれるようぶつかってくる。
私は、嬉しくなって
「へえ〜、みんな集まってくれたのか、
ありがとう」と礼を述べた。

そこへ宿屋のご主人がやってきた。
そしてご主人も、この山椒魚の群れに驚いた。

「いつも、こんなに山椒魚が出るんですか?」
と私が聞くと、

「いっえ〜・・・、確かにここには
山椒魚はいるのはいますが、
私らでも時々見受けられる程度です。

こんなたくさん集まってるの初めて見ますよ。
いや、驚いた・・・」と言う。

そんな話をして、ふと、また水面に眼を移すと
なにやら山椒魚の様子がおかしい。

気張っている感じだ。

何をしてるんだろう・・・と様子を伺っていると、
なんと沢山の山椒魚が、私の足元で産卵を始め出した。

「あらあら・・・おめでとう」と
私はなにか嬉しくなって心から祝福した。

足元には山椒魚の卵だらけ。

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以前この時の様子を
以下のような文章で記録したことがあるので転載する。

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<山椒魚のブブちゃん>

京都の深山に流れる清流。
山篭りの合間に、ほてった身体をさますべく
この清流に足をひたす。

ふと川面を見ると、おやあれは山椒魚。
しかも1メートル以上の大物。

珍しくて一心に眺めていると
あれよ、あれよ・・・
いや、一匹どころか大挙お出まし。

たちまち私の周りは山椒魚だらけ。
とうとう山椒魚に取り囲まれてしまった。

でも殺気なんぞなく、和やかな気にあふれてる。
なんか嬉しくなって話しかけてみる。

「やあ、みんな・・・こんにちは、始めまして」

すると山椒魚も水面から顔を出して、
こっち向いてお辞儀をする。
ははは・・・礼儀正しい奴らやなあ。

「何もせんから、心配せんでええよ。
なあ、話ししようよ」

そうやって身体をナデナデしてみる。
ポヨポヨして柔らかくて、
まるで赤ちゃんのようなかわいらしさ。

うちの末っ子で、小学一年生の娘が
近所の川で採ってきた
川底にへばりつく小さな魚に
「ブブちゃん」と名づけて
飼っていたのを思い出す。

私も目の前の山椒魚たちに
「ブブちゃん」と命名。

「明日また会おうな!」

あくる日、また
山中での稽古を終えて川に入る。
もちろん「ブブちゃん」に会うためだ。

しかし、いない。
「お〜い!ブブちゃん、出ておいで〜!」

そうすると、出て来る、出て来る。

クイクイクイ・・・と身体をくねらせながら、
川の中瀬にある岩に座り込む私の周囲に、
あっという間に昨日と同じくらい、
たくさんたくさん。

「や〜、こんにちわ!元気やった?」
また水面から顔出してペコペコお辞儀。

そして、プクプクと泡吹いて何か言っている。
「そうか、そうか。挨拶してくれるのか。
ありがとう」

・・・そうして迎えた山篭り最後の日。

連中にお別れを言おうと川に行ってみる。
しかし、一匹もいない・・・?。

「お〜い!ブブちゃん!
俺、今日帰るから、今日で最後やから、
頼む顔見せてくれ」

川の真ん中に突っ立って、
しばらく待っていると
なんか後ろに気配が・・・。

振り返って足元を見ると
大きな大きな山椒魚が一匹突然姿を現した。

(君はここの主か?
しかし一体いつの間に来たのだろう)

「お〜、ブブちゃん!よく来てくれた」

だんだん涙声になってしまい、
「俺もう帰るから、元気でな。
ほかの皆にもよろしくな、達者でな・・・」

ブブも水面から顔出して
何事か言っている様子。
プクプクプク・・・。

今日も、あの綺麗な清流で、
のんきにプカリプカリ。
泳いでいるのやら、浮いているのやら。


続く・・・