特定非営利活動法人 武道和良久

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誌上講座386


「稽古は祈りの気持ちをもって」


ご承知のように私達の稽古も、時代がそうさせるのか
技の展開がめまぐるしく速く、
そして強くなってきています。

硬い樫の木で出来た木剱を使い、素面素篭手で、
びゅんびゅん唸りをたてて打ち合う和良久の修練・・・

よく考えてみますと、
これほど危険な稽古は他にないと存じます。
しかも老若男女入り混じってこういったことを行えるのは
本当に特異な存在だと思います。

しっかり基本を守り、周囲に充分注意を払いながら
木剱を扱わないと、とんでもない大事故につながります。

さて、稽古を行うにおいて、
以下のようなことが大切だと思います。

1、まず祈ること(神仏に対する畏敬の念とご守護を祈念する)

2、基本動作(八力)を守ること

3、稽古相手に尊敬と思いやりをもつこと

4、技の稽古の際、相手が動きにくいようにするのでなく
  動きやすいように努めること(水火を合わせる)

5、稽古が終了したら神仏に対し、今日も無事であったこと
  を感謝し、お礼の祈りを捧げること


祈ることによって邪気が祓われ、心を鎮まらせ、
自分を取り巻く周囲への感謝の念が湧いてきます。
つまり、そこに気のよい磁場が形成され、
良い気が集まってくるのです。

ちなみに私は、和良久の稽古に先立ち、祝詞をあげ、
こう祈らせていただいています。

「神様のお役に立たせていただくことが出来ますように、
 教え御祖様の御心に適いますように、
 全人類を救う究極の技となりますように、

 そして今日の稽古が、怪我なく災い無く、和合の気に
 満たされ、皆様がお幸せでありますように、
 ご健康でありますように」

私は稽古そのものが祈りの形だと思っています。

最初の八力の型などは、チベット佛教などで行われる祈り方、
全身を大地に投げ打って祈る五体投地のような気持ちでいます。

また、密教などでは、両手を絡み合わせて印を作り
神仏に祈りますが、私は、全身をもって印を組んで祈りながら
稽古を行っています。

神の許しを得て稽古に入らせていただき、
神に感謝して稽古を終える・・・
日本武道が古来から大切にしてきた習慣です。
日本の武が「神武」と言われる所以です。

しかし、近来このような習慣が省略されているのを見るにつけ、
いまの時代の有様がなるべくしてなったのだと
妙に納得しつつ、とても悲しい気持ちになります。

神はいつも語りかけてくださっていますのにその声を聞かず、
与えられる恵みに感謝しないばかりか、
不服ばかり唱える私達人類。

せめて、稽古の際にはこの身を捧げ、
全身全霊をもって神様に向かいたいと思います。

真剣にそう願いつつ稽古をさせていただく姿勢が続く限り
大過なく前に向いて進ませていただけるのではないかと
信じています。


続く・・・